自転車同士の事故のあと、相手から「自転車保険には入っていない」と言われた。そんな場面では、治療費や自分の自転車の修理費を誰にどう求めればよいのか、見通しが立たなくなりがちです。
ただ、「自転車保険に入っていない」ことと、「使える賠償保険が何もない」ことは同じではありません。保険がないことと、損害賠償の責任がなくなることも別の話です。この記事では、相手が無保険だと分かったときに、何をどの順番で確認するかを整理します。
なお、自転車同士の事故でも、事故が起きたときは警察への報告が必要です。相手とその場で話がついたように見えても、当事者だけで済ませず、まず事故後に必要な対応を行ったうえで、保険や損害賠償の確認へ進みましょう。
この記事でわかること
- 相手が「無保険」と分かったあとも、損害賠償の請求先や考え方が残る理由
- 「自転車保険」という名前でなくても、相手側で使える保険がないか確かめる視点
- 政府保障事業が自転車同士の事故では使えない理由と、使える可能性がある事故との境界
- 健康保険・労災保険、自分の傷害補償や弁護士費用特約など、自分側で確認できること
結論|相手が無保険でも、損害賠償を請求できなくなるわけではない
相手が保険に入っていなくても、そこで請求の道が閉ざされるわけではありません。民法第709条は、故意または過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害した人は、それによって生じた損害を賠償する責任を負うと定めています。保険に入っているかどうかは、この責任があるかどうかとは別の問題です。
一方で、相手が無保険なら必ず全額を回収できる、というわけでもありません。過失の有無や割合、認められる損害の内容などによって、最終的な賠償額は変わります。
事故直後の対応が済んでいない場合は、まず負傷者の救護や道路上の危険防止、警察への報告を優先してください。自転車同士の事故でも警察への報告が必要です。事故直後の相手情報の確認や警察への報告の詳しい手順は、自転車同士の事故にあったら?相手情報・警察・保険の確認手順で確認できます。
そのうえで、次の順番で確認していくのが現実的です。
- 相手側で、実際に使える賠償保険がないかを確かめる
- 使えない場合は、相手本人への請求を整理する
- 政府保障事業が使える事故かどうかを知る(自転車同士の事故では使えません)
- 健康保険・労災保険、自分の傷害補償や弁護士費用特約など、自分側の制度や契約を確認する
「無保険」と決める前に相手側で使える賠償保険がないか確認する

自転車保険という名前でなくても個人賠償責任保険が付いていることがある
相手が「自転車保険には入っていない」と言っていても、それだけで使える賠償保険がないとは言い切れません。日本損害保険協会「自転車事故と保険」では、個人賠償責任保険が、傷害保険・火災保険・自動車保険などの特約として付いていることがあると説明されています。
相手本人が付いていることに気づいていない場合もあります。「自転車保険には入っていない」という言葉と、「使える賠償保険が何もない」という状態は分けて考えましょう。
もちろん、どこかの契約に必ず付いているとは限りません。付いているかどうか、今回の事故が対象になるかどうかは、相手の契約内容で決まります。確認できるとすれば、相手が加入している火災保険や自動車保険、傷害保険などに、個人賠償責任保険の特約が付いていないかという点です。
自転車には自動車のような自賠責保険はない
自動車には、事故の被害者を救済するための強制保険である自賠責保険があります。自転車事故には、こうした強制保険はありません。
このため、自転車事故では、加害者側に個人賠償責任保険など今回の事故に使える賠償保険がなければ、保険から支払いを受ける前提が成り立ちません。「相手が無保険」という状況が起こり得るのは、この仕組みの違いによるものです。
政府保障事業は自転車同士の事故では利用できない

政府保障事業はひき逃げ・無保険車による人身事故を救済する制度
「無保険」と聞くと、国の救済制度が使えないかと考える人もいるかもしれません。国土交通省の説明では、政府保障事業は、自賠責保険・共済の対象とならないひき逃げ事故や無保険(共済)事故の被害者について、他の社会保険給付や損害賠償責任者からの支払いを受けてもなお損害が残る場合に、最終的な救済措置として国が損害を塡補する制度とされています。
国が代わりにすべてを払う制度、という位置づけではありません。ひき逃げ・無保険の自動車等による人身事故が対象になり得る制度です。
相手が自転車などの軽車両の場合や物損は対象外
国土交通省「損害賠償を受けるときは?」には、政府保障事業の対象外として、次の場合が挙げられています。
- 加害車両が、自賠責保険・共済の対象外車種である軽車両(自転車等)の場合
- 物の損害の場合
したがって、自転車同士の事故では、政府保障事業は利用できません。相手が自転車で、ケガの治療費についても同じです。
ただし、自転車に乗っていて被害に遭った事故でも、相手がひき逃げまたは無保険の自動車等であれば、政府保障事業を利用できる可能性があります。制度の詳しい内容は、この記事では扱いません。
相手側の保険が使えないときは、相手本人への請求を整理する

治療費や修理費は記録と資料をそろえて確認する
相手側の保険が使えない場合は、原則として相手本人への損害賠償請求を検討することになります。ここで大切なのは、金額を急いで決めることより、何にいくらかかったのかを後から説明できる状態にしておくことです。
たとえば、次のような資料が手がかりになります。
- 病院の領収書や診療明細など、治療にかかった費用が分かるもの
- 自転車や持ち物の破損状況が分かる写真
- 修理の見積書や領収書
- 相手とのやり取りの記録
人身(ケガ)と物損(修理)は、分けて整理します。整理の仕方は自転車事故の修理費・治療費はどう確認する?物損・人身で整理したいことで詳しく確認できます。
なお、第三者行為による事故で健康保険を利用する場合、相手との示談内容によって、その後の健康保険の給付や保険者から相手方への請求に影響することがあります。示談を進める前に、利用する可能性のある制度や保険の窓口へ確認しておきましょう。
自分にも過失があれば賠償額が変わることがある
治療費や修理費を「すべて相手が支払う」と決まっているわけではありません。民法第722条第2項では、被害者にも過失がある場合、裁判所は損害賠償額を定める際にその過失を考慮できるとされています。
警察への報告によって確認された事故状況や、事故現場の写真、当事者の説明、目撃者や映像などの記録は、事故の事実関係を整理する材料になります。ただし、警察の資料だけで民事上の過失割合が決まるわけではありません。事故の具体的な状況や、過去の裁判例などで整理されてきた考え方を踏まえて検討され、当事者間で合意できなければ、最終的には裁判所が判断することになります。
請求の準備を進めるときも、相手の主張をそのまま受け入れたり、自分の請求額を決めつけたりせず、事故状況と手元の資料を整理してから考えましょう。
自分側で使える公的制度や保険も確認する

業務中・通勤中でなければ健康保険を使える場合がある
交通事故など第三者の行為によるケガでも、業務上や通勤中の災害でなければ、健康保険を使って治療を受けられる場合があります。全国健康保険協会(協会けんぽ)は、この場合に「第三者行為による傷病届」の提出が必要になると案内しています。
また、協会けんぽでは、交通事故の場合の「第三者行為による傷病届」に交通事故証明書を添付するよう案内しています。事故後に警察へ報告しておくことは、こうした手続きを進めるうえでも重要です。
相手が無保険で、治療費の支払いに見通しが立たないときでも、健康保険を使えるか確認する意味があります。加入している健康保険によって手続きが異なる場合があるため、加入している医療保険の保険者(協会けんぽ、健康保険組合、市町村の国民健康保険など)へ、第三者行為による事故だと伝えて確認しましょう。
業務中・通勤中なら労災保険を確認する
事故が仕事中や通勤中に起きた場合は、労災保険の対象になる可能性があります。厚生労働省の説明では、労災保険は、労働者が業務上の事由または通勤によって負傷・疾病・死亡した場合に、必要な保険給付を行う制度です。
相手がいる事故(第三者行為災害)では、東京労働局の案内にあるとおり、被災者は第三者への損害賠償請求権と労災保険給付の請求権の両方を取得します。同じ損害について重複して補償を受けないよう、調整が行われます。
業務中や通勤中に当たるかどうかは個別の事情で変わります。該当しそうな場合は、勤務先や労働基準監督署に確認してください。
自分の傷害補償や弁護士費用特約も確認する
自分側の保険も確認しておきましょう。自分が加入している傷害保険などに、入院・通院・手術に関する傷害補償が付いていることがあります。相手が無保険でも、自分自身の契約から補償を受けられるかを確認できます。詳しくは自転車事故で自分のケガは補償される?入院・通院・手術の傷害補償を確認を参照してください。
また、相手本人に請求するときは、弁護士への相談や依頼が必要になる場面も考えられます。そうしたときのために、自分や家族の契約に弁護士費用特約が付いていないかを確かめておくと役立ちます。対象になるかどうかは契約内容で決まるため、契約を確認したうえで保険会社にも問い合わせましょう。見方は自転車事故で弁護士費用特約は使える?被害側で確認したい保険の見方で確認できます。
ただし、契約があれば必ず使える、必ず補償されるとは限りません。補償の対象者、対象となる損害、条件は契約ごとに異なります。
まとめ|無保険と分かっても、請求先と利用できる制度を順番に確認する
相手が無保険と分かっても、損害賠償を求められなくなるわけではありません。事故後に必要な救護や警察への報告を行ったうえで、まず相手側で使える保険が本当にないか確かめ、なければ相手本人への請求を整理する。そのうえで、自分側の健康保険・労災保険、傷害補償、弁護士費用特約を確認していく。この順番で考えると、次に何を確認すればよいか整理しやすくなります。
政府保障事業は、自転車同士の事故には使えません。一方で、相手が全額を支払うと決まっているわけでもありません。事故状況や過失割合、認められる損害の範囲によっても賠償額は変わります。
示談を急ぐ前に、警察への報告を含む事故後の対応が済んでいるかを確認し、使える制度や契約がないかを調べ、必要な資料を手元にそろえておきましょう。制度や契約の適用は個別の事情で変わるため、判断に迷うときは、保険会社や各窓口へ確認してください。

